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ひそやかな楽しみのために
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After roulette
その五。

とりあえずこれで完結ー。長かった…(ほとんど完成してたクセに!)。

オフェンスはベッドサイドで、まだ麻酔から醒めないジーノの顔を見詰めていた。
さっきまでの苦しそうな表情が嘘のように和らいでいる。
穏やかな顔…そういえばこんな寝顔を見るのは初めてだ。
手をのばして髪の毛に触れる。血と泥のせいで乱れた髪を蒸しタオルで拭きはしたけれど、まだところどころ汚れが落ちきれずに毛の束を作っている。体力が戻るまで洗髪はできないから、しばらくは我慢してもらうしかない。これでもかなり丁寧に拭いたのだ…麻酔から醒めるまでの間、せめてと思って。
もうそろそろ…いつ醒めてもおかしくないな…。
見守っていたオフェンスだが、ふと胸に小さな痛みを覚えた。
…俺がいると、…ジーノの…負担になっちゃうかな…?
医者として、患者の負担になるようなことをしたくはない。ジーノのあのよそよそしくなった態度を思い出すと、自分がそばにいることは彼にとって負担になってしまうかもしれない。ここで覚醒を見届けて…今後の治療はカインが言っていた「馴染みの医者」とやらに任すべきなのかもしれない…。
寂しい…けど、仕方ない…口には出さず、オフェンスはジーノを悲しげに見詰めた。
その視線に気がついたかのように、ジーノの瞼が震えた…オフェンスの胸も激しく震える。
オフェンスの気持ちを他所に、ジーノの目がぼんやりと開かれた。何度かうつらうつらとした瞬きを繰り返し、徐々に焦点が結ばれていく。
その目がオフェンスを捉えたが、まだ頭が醒めきっていないうえに状況が理解できずに、何の反応も示さなかった。
「…起きた…?」
オフェンスはベッドの傍に跪き、視線の高さをジーノと合わせた。自然と優しい笑みがこぼれる。
ジーノはまだぼんやりとして、かすれた小声で彼を呼んだ。
「オフェンス…」
俺、どうなったんだっけ?とでも言いたげな視線が頼りなく辺りを彷徨う。寝かされているベッド、自分の体に巻かれた包帯の白さ、片付けられた医療器具…。
「お前、が…?」
はっきりしない目つきでジーノがオフェンスを見詰める。オフェンスは微笑んだが…少し寂しげな笑みであったことには自分でも気付かなかった。
「弾も取り出したし、もう大丈夫よ。あとは…馴染みだっていうお医者さんにお願いしておけば…」
ジーノは黙ってこちらを見詰めている。それに気付いて、オフェンスは何故か、急いでこの恋人の傍から離れなければ、という気持ちに囚われた。
負担に感じさせないうちに…。
「じゃ…オレは行くね?しっかり療養するのよ?」
あたふたと往診カバンを掴んで、逃げるようにベッドの傍を離れて足早に立ち去ろうとした。
もしかしたらこのまま終わってしまう恋なのかもしれないと…無意識に、心のどこかで悲しみながら。

じゃ…オレは行くね?
 
「どこへ行く!?ここにいろ!!」
 
背後からの鋭い声…それはまるで、オフェンスのことを責めているように聞こえた。
だから、足を止めずにはいられなかった。
肩越しに振り返ると、ジーノがベッドの上で半身を起こそうとしていた。まだ麻酔から醒めたばかりの、自由の利かない体で、だ。
「ジーノ!!まだ起きちゃだめでしょ!!無理しちゃだめだってば!!」
慌てて駆け寄って、ジーノの体をベッドに押し戻す。その半身にはまだ力が入らないから、たやすくオフェンスの力で寝かされる。
「もう…ジーノは…」
軽く睨みつけると、ジーノは諦め顔でオフェンスを見てきた。それから、息をつきながら体を深くベッドに預ける。
「…お前が勝手にどこか行こうとするからだ」
掠れた声で答えたジーノの目には、安堵した光が浮かんでいた。それを見ると、オフェンスは胸に…否、もっと自分の中心からこみ上げてくるものを感じた。
「もう…心配ばっかりかけさせてさ…。本当にオレでいいの…?」
ジーノは言葉を口にせず、だが静かに笑っていた。
「…もう、オレが助けられないほど、遠くに行っちゃだめ、よ?」
今度は言葉穏やかに、片手で彼の髪に優しく触れながら言った。オフェンス自身が拭いた黒髪はまだ湿っていた。
全く…勝手って、どっちが勝手なんだか、ジーノったら…。そうだ、もう少し髪の毛、拭いておいてあげようかな。
何度も硬い黒髪を撫でながら、そんなことを思った。大人しくされるがままになっているジーノに、愛しさが込み上げてくる。見ると、落ち着いた表情で目を閉じて脱力していた。
安心、してくれてるんだ……。
より一層の気持ちを込めて、オフェンスの指は恋人の髪の間を愛撫していた。閉じた瞼に、黒い睫毛…頬の曲線や唇。そんな様子を見詰めていたら、ふいに口付けたい気持ちに駆られた。

いや、でもさすがに…今は、マズイ…かな。

そう思って欲望を閉じ込める。怪我した相手にオレってばなんてことをっ…!とか、やっぱりこういう気持ちって生まれてくるものなんだなー、とか、喜びと戸惑いが激しくぶつかり合った。

後日、オフェンスはジーノの治療や介護の一切をほぼ引き受け、その献身さはカインが二人の関係に疑問を感じてもおかしくない程であった。

そうして二人の間柄には、一応の決着がついた。
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